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スルメのやり方

昨年、朝霞で誘拐された女子中学生が千葉大の学生のアパートで発見されたときもそうだった。まとめサイトでは、名無したちが賢しげに、「昼間一人のアパートから逃げ出せないはずない」「少なくとも大声を出せたはず」「どうせ駆け落ちして痴話喧嘩したんだろ」などとひどい憶測を飛ばしていた。ワイドショーでもコメンテーターが少女に疑問を呈しているのを見た。犯罪被害者のケアの専門家の女性が彼に対し、やんわりと、そしてきっぱりと、犯罪の恐怖心にとらえられているときに合理的な判断ができるはずありませんと諭した姿が脳裡に残っている。

その後、この誘拐犯が極めて卑怯なやり方で少女の心を縛っていたことが報道されると、邪推の論調はきれいさっぱり消えてしまった。あとはみんな心置きなく犯人をボロクソ言うばかり。いい気なもんである。

誘拐犯は連れ去った少女に対して「お前は父親の借金のカタに売られた。もし逃げ出せば家族に迷惑がかかる」と言った。女の子の家族を思う気持ちや、万が一本当に家族に見捨てられていたらという不安を悪用して連絡をさせないようにしたのだ。邪悪だ。

でも見回せばばこういう精神的な監禁は世の中に溢れかえっている。昨年ブラック企業大賞にノミネートされたアリさんマークの引越社では、違法に近いブラック経営をしながら社員に「労働運動は金もうけのためにお前をだまして訴えを起こさせようとするが、懲戒免職になったら見捨てるだけ」「家族のことを考えろ」「お前たちを守るのは会社だけ」などと洗脳教育をしていた。

カルト宗教もそうだ。個人の精神的な欠点や将来への不安を容赦なく突いて真っ白にし、心を支配しようとする。一昨年、安保法案に反対するデモが起きたときは、保守系の言論人やネット右翼などから学生参加者に「学生なら勉強しろ」「就職できなくなってもいいのか」などと言葉が飛んだ。主婦なら「家庭のことをちゃんとしろ」なんて悪口が飛ぶ。

相手の人格や個人の事情を否定して精神を支配しようとすること。これをモラルハラスメント、略してモラハラという。自分に自信のない男がガールフレンドを嫌がらせで支配する行為によく使われる言葉だ。

不正義に対して声をあげられるのは不揃いな人間たちの集まりしかない。政治問題でのモラハラ発言は、庶民は政治に口を出すなと言っているに等しい。つまるところ「自分のことに集中しろ」はすなわち「身の程をわきまえて生きろ」である。

とりあえず、だれでも抱えるような悩みや欠点や生活問題につけこんで、行動を縛るようなことを言う奴は僕は容赦なくぶん殴ってよいと思ってる。

 

さて、前置きが長くなったがここ最近ネットでプチ炎上したスルメロックの漫画を取り上げたいと思う。

 

「我々は自分のことから逃げて社会運動にのめり込む。幸せになる方法は身の回りのことに集中する以外にない」目新しくも無い、漫画にする価値も無い、クソモラハラ意識だな、というのが僕の意見だ。

この漫画に対しての人々の反応は二分している。“鋭い!世の真理を言い当てているぞ”のもあれば“社会運動を舐めんじゃねえボケ!”と怒る人もいる。

前者の反応をしてしまった人、申し訳ないがあなたは心のセキュリティがしっかりしていない。詐欺師に食い物にされたりカルト宗教にハメられるタイプだ。漫画をもう一度を見てみよう。

1コマ目。「ここに惨めでうだつの上がらない人生に悩む人間がいます」

このとき漫画に出ている女の子はただの登場人物だ。

2コマ目。「(前略)そんな絶望的な思いが貴方を支配し、どこかに人生の突破口がないかと思い始めます」

ここでしれっと、女の子が”あなた”にすり替わっている。もし一コマ目があなたはみじめな人間で~などと始まっていたら、「なんだコラ」と拒絶反応が起き侵入を弾くのだが、巧みなスライドで作者は心の隙に付け込んでいる。ここで注意力のない読者は、これはみじめな俺自身なんだと無意識的に思わされるというわけだ。(https://twitter.com/cadtki/status/816670514433454081

こうやって人の劣等感を引き出し心を無防備にしたらあとは、社会運動を悪魔だとか、運動に参加しても惨めな人生は終わらないだとか、おかしな印象をしこたま吹き込む。人格否定から刷り込みという洗脳のメソッドをきれいに取り入れている。彼の他の漫画にもカルトとの類似性を感じた人たちもいる。

 

アジビラという評価も真を突いてると思う。

 

こういうスルメロックの漫画のクソさに僕はだいぶ腹が立った。もちろん彼は意図してこんな表現をしてるわけでなく、天然でやってるんだろう。自信のない男は、モラハラの手法を誰に習うでもなく自身で編み出してしまう。彼の漫画表現もそうだ。

こいつには一発クズだと言ってやりたくなり、僕がポリコレ棒ならぬクソリプ棒で殴りに行った。それに対する彼の返信がこうだ。

彼が質問を繰り返すことでどうにかモラハラのとっかかりを見つけようとしているのが伺えた。洗脳をもくろむ人間がじっくりとその人の精神的な弱みを握ろうとするプロセスに似てて、気色悪い。

そのあとの不毛な流れはツイートをクリックして追ってください。対人論法を使うくらいなら素直にクソリプ送るのやめろクズって言えばいいのに、どうしても何かのポーズはとっていたいらしい。

モラハラをする人間の多分に漏れず、彼は臆病だ。無視されるのを恐れ、安易な注目を得る政治的タブーに触れようとし、同時に反撃を受けないようにたくさんの保険を掛ける。今回の漫画であれば、誰かが怒ってきたらそれは図星を突いたからだと、囲いが騒ぎ立てるのを計算に入れている。そして自分自身もそれを信じ込むことで、他人からの評価から逃れようとしている節がある。この傾向については以下のツイートが鋭い。

他にも、炎上などなんともないのだと先回りして自分に言い聞かせているのに、僕は臆病さを感じるのである。

 

保険に保険を重ねて腫れ上がっていく彼の漫画にもはやメッセージはない。吹き出しにぎゅうぎゅう文字が押し込められているのに、空虚な目立ちたがり精神しか伝わってこない。

彼はリプライで怒りをぶつけられると、あなたを直接批判したわけではないと躱す。その通りだ。なんせ彼の漫画は現実世界の何にも当てはまっていないんだから。

彼はノンポリを自称し、政治的にどこにも与していないと主張する。実際にそうなんだろう。政治的であるということは、何かの立場を表明することだ。そんな保険がきかない場所に身を置くには彼は臆病すぎる。

でもなんの立場にも立たない人間がなんで政治を題材にした漫画を描くんだ?

ここでようやく最初の話に戻る。つまるところ彼はまとめサイトの住人だ。暇つぶしの匿名者と同じで、やってるのはただの邪推だ。こんなことをしてるやつがいるに違いない、こんなバカなことを考えているに違いないと空しい空気人形を膨らませて遊んでいる。そしてネトウヨが都合のいい誰かを当てはめて悦に入る。社会問題を考えている人間が不真面目さに怒れば、わあい図星だった俺たちは世相を斬ってるんだと騒ぎ立てる。

 

自分の生活と関係ない社会問題に首を突っ込むのは逃げだと、彼は引用した漫画のリプライ欄で言ってる。では娯楽として社会問題のプレイヤーに水を差すのことは彼の人生どう関係するのだろう。そもそも彼はこの活動で何の目的を達成したいのだろうか?彼は自分に対して突っかかってくる意見を指してこんなことを言う。

 

“世界”が“悪く”?いくらなんでも発言に内容がなさすぎる。それで、悪くなってると言いながら、彼自身は何もしなくてよいらしい。自分に批判が降ってきたときに、俺にかまわず社会を良くしに行けよと他人に言うだけだ。社会をよくするのは他人の仕事らしい。

 

自分の漫画が想定しているものとして、こんな団体名を列挙する。彼はこれらの団体が悪いと思いながらも、やはり別に止めに行くわけでもない。そもそも、出てくる名前がミーハー過ぎる。彼が本当に社会問題に関心があるのか疑問が沸く。そしてその疑惑を裏付けるのがこれだ。

差別が根絶された社会の例として同化主義を持ち出しているところが完全にずれている。インディアン寄宿学校や皇民化教育などを知らないのだろうか。社会問題を扱うのに真面目に調べ物をしていない。政治的な話題に触れながら彼は本心では世界なんてどうでもいいと思っている。

社会に興味なんてない。やりたいことなんてない。主張と主張のぶつかり合いですらない。二つのサッカーチームのサポーターの間に立って、「どこのチームも好きではないですがあなた達の熱くなった愚かさを高みから見てます」とニヤニヤ言う男。それがスルメロックだ。フーリガンならボコボコにしている。

こういうカスに対しては、きちんと怒ろうよ。

批判したら負けだ、無意味だと感じたら、冷笑主義の目標はほぼ達せられている。なぜなら、モラハラの最終目標はなにをやっても無駄なのだという学習性無気力を作り出すことだからだ。(参考 学習性無力感 [ モラハラ資料 ] モラハラの目的・理由 なぜイジメをするのか [ モラハラ資料 ]

批判を封じようと策を弄するのは、逆説的に怯えをあらわにする。他人をおちょくる目的で作品を書きながら、それにともなう責任であるはずの怒りに真正面から立ち向かえないのだ。

過去、都内各所で行われていたヘイトデモの参加者も、2014年頃から彼らに罵声を浴びせるカウンターが現れたとき、怒るでもなくニヤニヤするという態度をとっていた。彼らもスルメロックと同じ、政治にかこつけた冷笑主義者だった。彼らを話題にしたら、目立たせたら思う壺だという外野の意見もあった。

でも実際には、カウンターによって参加人数は激減したのである。

面と向かって怒りを投げつけられると、人間は堪えるのだ。先の監禁された少女への邪推だって、もし本人に面と向かっていたならば、空虚な理屈を弄そうなんて思わないだろう。

感情を持つ人間が、”いま”、”ここに”居るというリアリティ。それが人間を真摯にする。

スルメロックだって同じだ。こんな投稿をして批判をノーカンにしようとするのは、その弱気の表れだ。

 

わかったかスルメロック。主義主張も問題意識もないやつが社会問題で遊ぶな。社会問題に逃げてるんじゃねえよ。漫画に向き合え、ボケ。

 

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